間違ってもいいから思いっきり

私たち人間は、言葉で物事を考えている限り、あらゆるものを「是か非か」と格付けする乱暴な○×ゲームに絶えず影響されています。ここでは、万人が強制参加させられているこの言語ゲームを分析し、言葉の荒波に溺れてしまわないための知恵を模索していきます。

嫌いな相手を追い詰める方法

 2014年11月2日に放送された「ニュースな晩餐会」というバラエティ番組にて、小学校の宿題をお金で請け負う業者が紹介されました。
 それによると計算ドリルなどの単純な宿題の代行だけでなく読書感想文や絵日記の代行なども行われているらしく、代行が教師にばれないようにするためのテクニックなども業者本人の口から語られていました。

 こうした代行業者に怒っているという前ふりで登場したのが、教育評論家の尾木直樹です。
 彼はこの番組の中で、様々な言葉を使いながら代行業者のイメージを落としにかかっていました。

これは教師を騙す教育詐欺だ。
悪徳業者の典型だ。
子どもにそんなズルを教えたらろくな大人に育たない。
国を滅ぼす行いだ。
もはや教育犯罪だ。
違法性はなくても、教育関係者から言わせたらとんでもないことだ。

 この尾木直樹の言い分に対し、番組では受験生の親の言い分が肯定的な意見の代表格として紹介されていました。
 街中でインタビューを受けていたある親の感想は、「いいんじゃないか」「学校の宿題を業者に任せれば本人は受験勉強に専念できる」といったものでした。

 それらの言い分を踏まえた上で、スタジオでは芸能人たちによる 「宿題代行サービスは善なのか?悪なのか?」というテーマで討論が行われました。
 まず最初に参加者それぞれの立場を明らかにしたところ、代行業に賛成だったのが5名、反対だったのが4名でした。

 全体を通して印象的だったのは、賛成派の芸能人はそれぞれの立場の合理性を堂々と主張できるのに対し、反対派の芸能人たちは賛成派たちへの人格攻撃しかできていなかったということです。
 反対派で具体的な議論をしようとしていたのは専門化の尾木直樹だけで、他の反対派芸能人たちは「そうだそうだ」と権威に乗っかっているだけでした。

 たとえば芸人の千原せいじは「全く悪じゃないと思う、善やこんなもん」「宿題なんて先生の手抜き」「学校だけでちゃんと教えといたらいい」「評価するためものを増やしているだけ」などと自分なりの意見を堂々と述べていました。
 これに対してタレントのYOUは、千原せいじの発言中に「違いますよね~」とひそひそ声で尾木直樹に同意を求め、彼の話が終わると顔をしかめながら「育ちが悪い」と人格否定をして笑いをとるだけで、彼の発言に対する具体的な反論は何一つしませんでした。

 また、京大卒のグラビアアイドルだという紫野レイは「宿題って勉強ができない子のためのものだと思うので、受験勉強を頑張りたい子が代行業者を使っても何の問題もない」と主張し、周囲を驚かせました。
 自身も宿題は邪魔だと思っていたかという質問に対して「(分かりきったことをやるのは)ただの腕の運動だった」 と正直に答えると、 薬丸裕英など反対派の芸能人たちは「可愛い顔してなんてことを言うんだ」と信じられないような素振りで騒ぐだけで、根拠のある反論は何もしませんでした。

 このように書くと、私自身も宿題代行サービスに積極的に賛成しているように受け取られるかもしれませんが、そういうわけではありません。
 不要な誤解を避けるためにまず確認しておきたいのは、「好きか嫌いか」「賛成か反対か」「善か悪か」という3つの論点はどれも別物だということです。

 その上で私の好みを述べるならば、代行サービスを堂々と使う人よりは使わないでおこうとする人の方が好きです。
 ですが、代行サービスがあってはならないとは思いませんし、代行業者とその利用者に向かって「あなたたちは間違っている」と非難して回りたいとも思いません。
 ただ、私と彼らとでは好みが違うというだけです。

 論点ごとに整理するならば、代行サービスのようなものは嫌いだが、その存在を許せないとまでは思わないからどちらかといえば容認してしまっている「消極的な賛成派」であり、そもそもが好みの問題だと思っているから「善か悪か」を問うこと自体が馬鹿馬鹿しいということになります。
 ただ、自分の個人的な好みを「善悪」という別の言葉にすり替えて、それがあたかも世の既成事実であるかのようなふりをする言いっぷりこそが私にとっての一番嫌いなことだから、それを指摘するためにこうして文章化しているというだけなのです。

https://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2016/07/14/141422

 

 つまり、表向きには「善か悪か」と煽られていたこの議論も、実質的には個人的な好き嫌いの対立でしかありません。
 そんな好き嫌いの食い違いがもっとも顕著に現れていたのが、番組中に起きた絵日記の代行をめぐる言い争いです。

 まるで子ども本人が描いたかのように作文や絵日記を作る技術を業者が紹介しているときに、女優の波乃久里子は「寂しいお仕事だな」と述べて業者のあり方を感情的に揶揄しました。
 さらに薬丸裕英は「我が家では作文や絵日記をすべて保管しているが、これだと何の思い出にもならない」と代行行為の虚しさをアピールしました。
 これらの感情論に対して代行業者の一人は「思い出として残したい人は自分でやったらいいが、不必要な人もいる」と答えて、それらの反感は価値観の違いでしかないと説いていました。

 「受験勉強を頑張っている子で、絵日記が必要だなんて思っている子は少ない」と絵日記という宿題の存在意義に疑問を呈する紫野レイに対して、尾木直樹は「感じていることを文章で書き、どんな絵を描くかを考えることが大事」と教育における大義名分を説きますが、 彼女は「必要と言うのは他人の押し付け」と返していました。
 東大卒タレントの八田亜矢子も「絵日記をやらなかったからって変な大人になるわけじゃない」と加勢しましたが、尾木直樹は「そんな変なエリートが育つから日本は駄目なんですよ」と人格攻撃で応じていました。

 結局このような不毛な言い争いに決着がつくはずもなく、女子大生の代行業者が使おうとしたデータの誤りを尾木直樹が指摘して「あなたたちはいい加減だ」とあげつらう揚げ足とりのシーンが番組のハイライトとして編集されてこのコーナーは終了しました。
 ですが、この討論の裏では「代行サービスの是非を問う」という茶番よりもはるかに重大な出来事が進行しており、もう一人の代行業者はそのことを冒頭の時点で冷静に語っていました。

 彼が最初に述べたのは、尾木直樹のような評論家が「宿題代行サービスは問題だ」と話題にしてくれたおかげで宿題代行サービスという業界の市場規模が急激に大きくなったということ。
 つまり、この大袈裟な討論会を開いてゴールデンタイムに放送してくれた時点で、表向きの討論に勝とうが負けようが彼らは「潜在顧客へのPR」という当初の目的を果たせていたのです。

 実際、今回の放送を見て宿題代行サービスの存在を初めて知り、「そんなものがあるなら是非使いたい」と思った人もいるでしょう。
 そして、実際に使ってみたいと興味を持つような視聴者の耳に届いたのは、反対派からの高圧的な人格攻撃の方ではなく、利用者や業者を励ますような賛成派の堂々とした主張っぷりの方ではないでしょうか。 

 この番組を見て「代行業者が悪であることが示された」と思っている人がいるとすれば、それは代行サービスのようなものがもともと嫌いで、その嫌いなものを「悪だ」と断じるような発言を聞きたがっていた人です。
 逆に、「善であることが示された」と受け取った人はもともと、「代行サービスは別に悪くない」と誰かに言って欲しかった人です。
 この討論を見た人は、自分の好みに合わない主張の持ち主をもっと嫌いになって終わったことでしょう。

 私が言いたかったのは、善悪とは常に好き嫌いで語られるものだということ。
 日常的に使われる「正しさ」なんて言葉も、結局は「好き嫌い」の言い替えであり、嫌いな相手を追い詰めるための口実でしかありません。

 私は数学という世界で、好き嫌いの言い換えではない「正しさ」という基準と長年付き合ってきました。
 そうした経緯からか、私は「好き嫌い」の言い換えとしていい加減に濫用される「正しさ」が大嫌いです。

 この私の文章も「嫌いな相手を追い詰めている」という点では、私が嫌う「正論を振りかざす人々」と同じことをしてしまっています。
 ですが、私は「好き嫌いを正しさで言い換えるのが嫌いだ」と言っているだけで、決して「間違っている」とは言っていないことに注意してください。

 私は「これが正しいからこう主張する」という責任の逃れ方はしません。
 私はこれからも自分の好みだけを根拠にしながら、「好きなものは好きだ」と応援し、「嫌いなものは嫌いだ」と発信していこうと思います。

mrbachikorn.hatenablog.com

 
 そして、根拠の怪しい「正しさ」に惑わされている人がいたら、人を追い詰めるためのただの口実と真面目に付き合ってあげる必要はないと伝えたいです。
 なぜって、それこそが私好みの生き方ですからです。


※当ブログの主なテーマは、この世界を支配する「正しさ」という言葉のプロレスとの付き合い方。

http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2014/03/12/175400
※そのプロレス的世界観を支えている「記述信仰」の実態を、簡単な図にしてまとめています。

http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2014/07/06/051300