道路交通法の改正により、明日から「自転車運転者講習制度」という新しい制度が始まります。
これまで自転車の危険運転に対しての取り締まりには、違反の摘発による「罰金の支払い」などの方法がありました。
そして2015年の6月1日以降は、14歳以上の人が3年以内に2回以上の摘発を受けた場合、警察が実施する「安全講習」を受講しなければならなくなります。
安全講習の受講には5700円の手数料がかかり、受講命令に従わない場合は5万円以下の罰金が科せられます。
安全講習は運転免許試験場などで行われ、所要時間は休憩を除いて3時間。
講習の中では、自転車事故の被害者や遺族の体験談などを通じて危険運転が社会に及ぼす悪影響を知らしめた上で、法で定められた自転車運転のルールを学んでいくことになります。
2013年6月1日に公布されていたこの改正道路交通法は、今年の5月ごろからインターネット上で頻繁に言及され始め、施行直前の先週末あたりからマスメディアでも周知されるようになりました。
そこでは、道路の右側通行や一時不停止や音楽を聴きながらの運転など、今回の法改正に合わせて「摘発の対象となる14の危険行為」が紹介されています。
ですが、そもそも世間では道路交通法に関する理解がそれほどなされていないため、本質的でない議論ばかりが溢れているような印象を受けます。
今回の法改正は、「自転車ならばこれまで守らなくても良かった交通ルールでも、これからは守らなければならなくなる」という種類の変更ではありません。
そもそも道路交通法とは、車やバイクだけでなく、自転車も歩行者など、道路を利用する全ての人が守るべき法律として作られたものです。
今回はただ単に「自転車に対する取り締まりの手段」として講習が一つ追加されるというだけのことであり、自転車運転における「違法とみなされる範囲」が根本的に変わるわけではないのです。
もっと突き詰めて言うならば、道路交通法に対する違反行為は、たとえ「歩行者の信号無視」といったありふれたものであっても、それが「犯罪」であることに変わりはありません。
しかし、道路交通法違反という犯罪の全てを本気で検挙しようと思ったら、該当する件数が多すぎて司法の機能はとても追い付きません。
ですから実際の運用では、道路交通法違反という犯罪には軽重のグラデーションが細かく設定されており、歩行者や自転車といった優先順位の低い道路利用者の違法行為に関してはそのほとんどが見逃されてしまっています。
こうした現状に甘んじて、これまで私たち道路利用者のほとんどが、道路交通法を軽視してきたというだけなんです。
こうした軽重のグラデーションの中でも、これまでもっとも厳しく取り締まられてきたのが、その運転に免許を必要とするバイクや自動車です。
免許が必要ということは、警察に厳しく管理されることと引き換えに運転することを一時的に「免じて」「許されている」ということ。
つまり、免許という「特例措置」を受けなければ、バイクや自動車の運転といった行為自体が、基本的には「市民の安全を脅かす行為」として法律で禁じられているということでもあります。
ですが、もっとも厳しく取り締まられているバイクや自動車の運転でさえ、スピード違反や禁止区域への駐車、一時不停止などの「違法行為」は日常茶飯事です。
これらの違反者すべてを裁判所に起訴してしまうとキリがないので、比較的軽微な違反には警察との手続きだけでことが済む「青切符」という制度が整えられています。
通常、法を犯した罪で訴えられて裁判所で有罪が確定すれば、その人には前科がつく上に刑として「罰金」を支払わなければなりませんが、青切符であれば前科とならない「反則金」という扱いで済みます。
この反則金の位置付けは「違法行為であっても前科者にはしてあげないための免除措置のようなもの」でしかなく、決して「軽微な違反であれば犯罪とみなさない」というわけではありません。
一方、自転車の運転にはこうした「青切符による反則金」の制度がなく、危険な自動車運転に対してペナルティを科すには、前科者となってしまう「罰金」しか手段がありません。
道路交通法をよく知らない大勢の自転車運転者を前科者にすることがためらわれるのか、これまでの自転車に対する危険運転への取り締まりは、バイクや自動車に比べると随分とゆるいものになっていました。
こうした経緯があったため、今回の法改正に際してインターネット上では「自転車運転にも青切符のような講習制度を取り入れることでこれまでより取り締まりやすくするため」とする解釈が飛び交いました。
これは先入観による勝手な思い込みで作られたデマであり、この見解は警察も正式に否定しています。
改正法をきちんと読めば、自転車を取り締まるための大まかな枠組み自体はこれまでとほとんど変わっていないことが分かります。
道路交通法の違反で検挙されて有罪が確定すればこれまでと同様に前科者となりますし、反則金のようなグレーな免除手段は自転車運転にはありません。
変わったのは「3年以内に2回以上の危険運転(つまり犯罪)が摘発されてしまえば講習を受けさせられる」という部分だけです。
それではこの法改正にはどんな意味があるのでしょうか。
この疑問に対する私の仮説は次のようなものです。
これまでは、社会通念上「自転車はそれほど厳しく取り締まる必要がない」といった認識が根強く、罰金刑を与えたからといってその後の遵法意識に結び付かない可能性が高かった。
だが、今回の法改正で「常習的な違反者には関連法や自転車の危険性を学ばせるなど更正の機会を確保している」と言えるようになった。
これで、法律通りに自転車を取り締まるようになっても国民への言い訳がしやすくなるので、「自転車であっても道路交通法は遵守しなければならない」という新しい常識を、堂々と日本国民に植え付けていける。
今回まとめられた「摘発の対象となる14の危険行為」も、これまではなあなあで見逃されてきた違法行為を、改めて並び直しただけのことです。
「法律によって国民をしつけていきたい」とする法治国家の論理と、「私たちの生活をそこまで杓子定規に法律で縛らなくても」とする庶民の感覚とのせめぎ合いは、明日から新たなラウンドを迎えていきます。
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【14の危険運転の法的根拠】
信号無視(道路交通法第7条)
通行禁止違反(道路交通法第8条第1項)
歩行者用道路における車両の義務違反(徐行違反)(道路交通法第9条)
通行区分違反(道路交通法第17条第1項、第4項、第6項)
路側帯通行時の歩行者妨害(道路交通法第17条の2第2項)
遮断踏切立入り(道路交通法第33条第2項)
交差点安全進行義務違反等(道路交通法第36条)
交差点優先者妨害等(道路交通法第37条)
環状交差点安全進行義務違反等(道路交通法第37条の2)
指定場所一時不停止等(道路交通法第43条)
歩道通行時の通行方法違反(道路交通法第63条の4第2項)
制動装置(ブレーキ)不良自転車運転(道路交通法第63条の9第1項)
酒酔い運転(道路交通法第65条第1項)
安全運転義務違反(道路交通法第70条)
※当ブログの主なテーマは、この世界を支配する「正しさ」という言葉のプロレスとの付き合い方。
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2014/03/12/175400
※そのプロレス的世界観を支えている「記述信仰」の実態を、簡単な図にしてまとめています。