間違ってもいいから思いっきり

私たち人間は、言葉で物事を考えている限り、あらゆるものを「是か非か」と格付けする乱暴な○×ゲームに絶えず影響されています。ここでは、万人が強制参加させられているこの言語ゲームを分析し、言葉の荒波に溺れてしまわないための知恵を模索していきます。

アメリカの自殺願望を疑ってみる

 私が考える情報リテラシーとは、話題の前提を疑う習慣のこと。
 これまでも、そんな内容の記事をいくつか紹介してきました。
 
「真実を見極めた『つもり』に振り回される愚かさ」mrbachikorn.hatenablog.com
「話の前提を操作するパワーゲームとの付き合い方」mrbachikorn.hatenablog.com
「そもそも洗脳のために『正しさ』は造られている」mrbachikorn.hatenablog.com
「言葉の用途は『物事の描写』なんかじゃない」  mrbachikorn.hatenablog.com
 
 そして今回紹介するのは、国際情勢解説者の田中宇の話題の前提を疑う姿勢について。
 報道の世界にいた彼は、報道にかかる政治的なバイアスを読み解くために世界中のニュースを多読しながら比較検討し、そうすることで見出だした独自の視点による解釈を「田中宇の国際ニュース解説」というウェブサイト上で発信し続けています。tanakanews.com
 
 彼の視点の一番の特色は、アメリカの指導者の多くが、アメリカの立場を危うくして自滅させるために、わざと失策を重ねているという見方。
 最近の彼の著作「金融世界大戦 第三次大戦はすでに始まっている」にもそんな彼の視点がまとめてあるので、引用して紹介してみましょう。

 
私が自分なりに国際政治を何年か分析してきて思うことは「近代の国際政治の根幹にあるものは、資本の論理と、帝国の論理(もしくは国家の論理)との対立・矛盾・暗闘ではないか」ということだ。
キャピタリズムナショナリズムの相克と言ってもよい。
 
第一次大戦以来、人類の歴史の隠された中心は、イギリスの国家戦略の発展型である「米英中心主義」(帝国の論理)と、資本主義の政治理念である「多極主義」(資本の論理)との相克・暗闘であり、それが数々の戦争の背景にある。
 
帝国・国家の論理、ナショナリズムの側では、最も重要なことは、自分の国が発展することである。
他の国々との関係は自国を発展させるために利用・搾取するものであり、自国に脅威となる他国は何とかして潰そうとする(国家の中には大国に搾取される一方の小国も多い。「国家の論理」より「帝国の論理」と呼ぶ方がふさわしい)。
 
半面、資本の論理、キャピタリズムの側では、最も重要なことは儲け・利潤の最大化である。
国内の投資先より外国の投資先の方が儲かるなら、資本を外国に移転して儲けようとする。
帝国の論理に基づくなら、脅威として潰すべき他国でも、資本の論理に基づくと、自国より利回り(成長率)が高い好ましい外国投資先だという、論理の対峙・相克が往々にして起きる。
 
帝国の論理に基づき国家を政治的に動かす支配層と、資本の論理に基づき経済的に動かす大資本家とは、往々にして重なりあう勢力である。
帝国と資本の対立というより、支配層内の内部葛藤というべきかもしれない。
 
重要なのは、アメリカの上層部が、自分たちが世界の中心であり続ける「米英中心主義」ではなく、あえて中国やロシア、インドなどに覇権を譲り渡す「多極主義」を選ぶ、ということである。
私は、その理由が「資本の論理」にあるのではないかと考えている。
 
欧米や日本といった先進国は、すでに経済的にかなり成熟しているため、この先あまり経済成長が望めない。
地球温暖化対策が途上国の足かせとして用意されていることを見るとわかるように、今後も欧米中心の世界体制を続けようとすることは、世界経済の全体としての成長を鈍化させることにつながる。
これは、世界の大資本家たちに不満を抱かせる。
欧米中心主義を捨て、中国やインド、ブラジルなどの大きな途上国を経済発展させる多極主義に移行することは、大資本家たちの儲け心を満たす。
 
 こんな風に「アメリカは欧米中心主義を捨てようとしている」などと書かれても、アメリカに対する「自己中心的で傲慢な正義をゴリ押しする国」といった一般的なイメージとのズレを感じる人もいるでしょう。
 そのズレを埋めるために、まずは田中宇なりの「覇権」の定義と、イギリスというサンプルを用いた解説を見てみましょう。
  
国際政治を考える際に「覇権」(ヘゲモニー、hegemony)という言葉はとても重要だ。
国家間の関係は、国連などの場での建前では、あらゆる国家が対等な関係にあるが、実際には大国と小国、覇権国とその他の国々の間に優劣がある。
今の覇権国はアメリカである。
覇権とは「武力を使わずに他国に影響力を持つこと」である。
 
なぜ世界を支配するのに、武力を使わない覇権というやり方が必要なのか。
結論から先に書くと「民主主義、主権在民が国家の理想の姿であるというのが近代の国際社会における建前であり、ある国が他国を武力で脅して強制的に動かす支配の手法は、被支配国の民意を無視する悪いことだから」である。
 
この建前があるため、表向きは、武力を使わず、国際政治の分野での権威とか、文化的影響力によって、世界的もしくは地域諸国に対する影響力が行使され、それが覇権だということになっている。
実際には、軍事力の強い国しか覇権国になれないので、武力が担保になっている。
 
人類史上、初めて世界的な覇権を構築したのはイギリスである。
イギリスが世界覇権を初めて構築できた主因は、1780年代から産業革命を引き起こし、それまで馬力や人力、水力などしかなかった動力の分野に蒸気機関やガソリンエンジンをもたらし、汽船や鉄道などを開発し、交通の所要時間の面で世界を縮小させたからである。
 
フランス革命自体、その少し前に起きたアメリカの独立とともに、イギリスの資本家が国際投資環境の実験的な整備のために誘発したのではないかとも思える。
フランス革命によって世界で初めて確立した国民国家体制(共和制民主主義)は、戦争に強いだけでなく、政府の財政面でも、国民の愛国心に基づく納税システムの確立につながり、先進的な国家財政制度となった。
それまでの欧州諸国は、土地に縛られた農民が、いやいやながら地主に収穫の一部を納税する制度で、農民の生産性は上がらず、国家の税収は増えにくかった。
 
フランス革命を発端に、世界各地で起きた国民国家革命は、人々を、喜んで国家のために金を出し、国土防衛のために命を投げ出させる「国民」という名のカルト信者に仕立てた。
権力者としては、国民に愛国心を植え付け、必要に応じて周辺国の脅威を煽動するだけで、財政と兵力が手に入る。
国民国家にとって教育とマスコミが重要なのは、このカルト制度を維持発展させる「洗脳機能」を担っているからだ。
 
国民国家は、最も効率のよい戦争装置となった。
どの国の為政者も、国民国家のシステムを導入したがった。
王候貴族は、自分たちが辞めたくないので立憲君主制国民国家制を抱き合わせる形にした。
また「国民」を形成するほどの結束力が人々の間になかった中国やロシアなどでは、一党独裁で「共産主義の理想」を実現するという共同幻想を軸に「国民」の代わりに「人民」の自覚を持たせ、いかがわしい「民主集中制」であって民主主義ではないものの、人々の愛国心や貢献心を煽って頑張らせる点では国民国家に劣らない「社会主義国」が作られた。
 
ナポレオンが英征服を企てた点では、フランス革命はイギリスにとって迷惑だった。
だが、フランス革命を皮切りに、欧州各国が政治体制を国民国家型(主に立憲君主制)に転換し、産業革命が欧州全体に拡大していく土壌を作り、英の資本家が海外投資して儲け続けることを可能にした点では、フランス革命は良いことだった。
 
イギリスを含む欧州各国は、キリスト教世界として同質の文化を持っていたので、イギリス発祥の産業革命と、フランス発祥の国民革命は、ロシアまでの全欧州に拡大した。
その中で、ナポレオンを打ち負かして欧州最強の状態を維持した後のイギリスは、欧州大陸諸国が団結せぬよう、また一国が抜きん出て強くならないよう、拮抗した状態を維持する均衡戦略を、外交的な策略を駆使して展開し、1815年のウィーン会議から1914年の第一次大戦までの覇権体制(パックス・ブリタニカ)を実現した。
 
 こうして築かれた「世界一の覇権国」としての地位は第一次大戦や第二次大戦を経てイギリスからアメリカへと譲り渡されますが、諜報活動に優れていたイギリスはマスコミや軍事産業への影響力を駆使してアメリカを利用し、米英中心の世界を演出してきたといいます。
 ですが、たとえ自国が不利益を被ろうとも自分たちが儲かればいいという資本家がイギリスの支配層に紛れていたのと同じように、アメリカの支配層にも「国家としての覇権維持よりも金儲けを優先したい」とする多極主義者が食い込んでおり、利害が食い違う米英中心主義者と暗闘を繰り広げてきたそうです。
 
 私たちがアメリカに「身勝手なジャイアン」のようなイメージを重ねていたのは、米英中心主義者の方がこれまでは優勢だったから。
 しかし、近年の世界情勢を見る限り、米英中心主義者のふりをした「隠れ多極主義者」たちが活躍することで、形勢は逆転しつつあると彼は分析しています。
 その解説をご覧ください。
  
アメリカの「自滅主義」は、多極主義者がホワイトハウスを握っているにもかかわらず、世論操作(マスコミのプロパガンダ)などの面で米英中心主義者(冷戦派)にかなわないので、米英中心主義者の戦略に乗らざるを得ないところに起因している。
相手の戦略に乗らざるを得ないが、乗った上でやりすぎによって自滅して相手の戦略を壊すという、複雑な戦略がとられている。
 
やりすぎによる自滅戦略の結果、アメリカはひどい経済難に陥り、ドル崩壊が予測される事態になった。
多極化が進むと、ドルは崩壊し、世界の各地域ごとに基軸通貨複数生まれ、国際通貨体制は多極化する。
ドルが崩壊すると、アメリカは政治社会的にも混乱が増し、連邦が崩壊するかもしれない。
 
アメリカの分析者の間では、ドル崩壊による米連邦崩壊の懸念が強まった。
多極主義者の資本家は、自国を破綻させ、ドルという自国の富の源泉を潰してもかまわないと思っているということだ。
 
彼らの本質は、16~17世紀にアムステルダムからロンドンに本拠を移転し、19世紀にロンドンからニューヨークに移り、移動のたびに覇権国も移転するという「覇権転がし」によって儲けを維持しているユダヤ的な「世界ネットワーク」である。
100年単位で戦略を考える彼らは、自分たちが米国民になって100年過ぎたからといって米国家に忠誠を尽くすようになるとは考えにくい。
 
米英中心主義者による延命策や逆流策がうまくいかなければ、ドルは崩壊し、米英中心の世界体制は崩れ、アメリカは財政の破綻と、もしかすると米連邦の解体まで起きる。
しかしアメリカが破綻するのは、イギリスなど覇権を維持したい勢力に牛耳られてきた状態をふりほどくためであり、アメリカは恒久的に崩壊状態になるのではなく、システムが「再起動」されるだけである。
いったん単独覇権型のアメリカの国家システムが「シャットダウン」された後、多極型の世界に対応した別のシステム(従来の中傷表現でいうところの「孤立主義」)を採用する新生アメリカが立ち上がってくるだろう。
 
米英を中心とする先進国のマスコミは、人々の善悪観を操作するプロパガンダマシンの機能を持つことが、少しずつ人々にばれてきた。
米英のマスコミは「人権」「民主化」「環境」といった、先進国が新興諸国を封じ込められるテーマにおいて人々の善悪観を操作する巧みな情報管理を行い、米英中心主義を維持することに貢献してきた(イスラム諸国に対する濡れ衣報道や、地球温暖化問題など)。
大不況の中、広告収入の減少などによってマスコミ各社が経営難になって潰れていくことも、多極化の一環と言える。
 
米英が中心だったG8は、世界の中心的な機関としての地位を、新興諸国が力を持つより多極型のG20に取って代わられた。
ドルの基軸制が崩壊しそうなので、多極型の基軸通貨体制に移行しようという提案も各国から次々と出ている。
米英中心の体制が崩れ、世界が多極化している観が強まっている。
 
 こうした彼の視点が妥当かどうかは意見の別れるところでしょうが、「どんなに権威ある人の言い分だろうが鵜呑みにせずに自分の頭で考える」という等身大の姿勢には大変好感が持てます。
 彼は自分なりの仮説や未来予測を積極的に発信し、たとえ具体的な予測が外れてもうやむやに誤魔化すことなく「自分が予測を外した理由」を検証して見せ、その欠点を乗り越えるような新たな説を再提案します。

 逆に、田中宇を権威ある識者と見なして彼の書いていることを「これこそが真実だ」と鵜呑みにしている陰謀論信者がいれば、たとえその発言が彼と同じ内容であろうと、その軽々しく信じこむ姿勢の方に気味の悪さを感じます。
 私も彼が実践しているように「健全な疑いの姿勢」を貫いていきたいものです。
 
 mrbachikorn.hatenablog.com
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※当ブログの主なテーマは、この世界を支配する「正しさ」という言葉のプロレスとの付き合い方mrbachikorn.hatenablog.com

※そのプロレス的世界観を支えている「記述信仰」の実態を、簡単な図にしてまとめています。mrbachikorn.hatenablog.com