間違ってもいいから思いっきり(市井人の日曜研究)

私たち人間は、言葉で物事を考えている限り、あらゆるものを「是か非か」と格付けする乱暴な○×ゲームに絶えず影響されています。ここでは、万人が強制参加させられているこの言語ゲームを分析し、言葉の荒波に溺れてしまわないための知恵を模索していきます。

リーガルハイ流の格付け考

 この世に存在するありとあらゆる格付けは、人々の都合によって勝手に決められたもの。
 言葉に左右されやすいという人間の性質を利用して、低いランクよりも高いランクを目指すようにと人類を調教していくことが、こうした格付けを導入する際の主な目的になります。
 
 そんな格付けの中でも、よく槍玉にあげられるのが、モンドセレクションミシュランガイド世界遺産など。
 2013年にテレビ放送されていた法廷ドラマ「リーガルハイ2」でも、「世界財産」という架空の格付けをめぐる醜い争いが描かれていました。

リーガルハイ 2ndシーズン 完全版 DVD-BOX

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 このとき登場した人口148人という山奥の小さな集落は、電気も極力使わず自然の中で昔ながらの生活を続けており、そばの「おざおざの森」には希少種とされる動植物が今も残されているという理由で数年前に世界財産に登録された村。
 しかし、世界財産に認定される前は別に昔ながらの生活など続けておらず、コンビニっぽい店やハンバーガーショップや渋谷の某ファッションビルのような店もあったといいます。
 
 どこにでもありそうな小さな集落が変化したきっかけは「おざおざの森」の特殊な生態系が新聞記事に取り上げられて世間の注目を浴びたこと。
 その途端に他所から役人がやってきてこの集落を世界財産にしようと動き始めたそうです。
 ですが、森自体の規模は小さく認定は難しかったため、「自然と共に昔ながらの生活を営みながら暮らす人々」という設定を作って、住民がグルになってその設定を演じ始めたら、めでたく世界財産に認定されたということです。
 「自然遺産としては認定されないから文化遺産で」という流れそのものは、山岳信仰が存在してくれたおかげで世界遺産の地位をやっと勝ち取れた富士山のようですね。
 
 この村には「集落が世界遺産として認定されるために昔ながらの生活を演じるべき」という同調圧力に逆らって、電気も商店もある便利な生活がしたいと望んでいる「反自然派」がスナックの営業などをしぶとく続けています。
 彼らの店が集落の景観を破壊していることが世界財産の審査会から問題視されており、次回の審査までに改善されなければ登録抹消になりかねないので、世界財産のお墨付きを失いたくない村の勢力は裁判所に訴えを起こし、両者の間で調停が行われることになります。
 
 堺雅人が演じる主人公の古美門弁護士は反自然派の代理人として呼ばれ、世界財産を獲得するための村人たち演技に対して「住居も生活もごく普通なのにまったく詐欺に等しい!」と糾弾します。
 これに対抗する弁護士たちは世界財産の理想や自然や景観を守ることの美徳を説き、古美門と以下のような討論を交わします。
 
彼らは「おざおざの森」の重要さに気付き、それを守るために自然と共に暮らす生き方を自ら選んだ。
素晴らしい選択じゃありませんか。
世界財産になったことで集落全体の収入も増え経済も活性化してるんです。
 
収入が増えたところで使うところがなければ無意味だ。
 
都会にあるものはなくても、都会にないものがあるんです。
その証拠に人々の幸福度は都会よりもはるかに高いですよ。
 
幸福度が高いのは不幸であることを自覚してないか「不幸である」と口に出せない統制国家のどちらかだ!
みんな本音は世界財産なんかより便利でぜいたくな暮らしがしたいんだよ。
 
便利でぜいたくな暮らしより大切なものがあるんです。
尊厳です。
みんな誇りある生き方がしたいんです!
 
 この村にはもともと燃料廃棄物処理上の誘致計画と、高速道路を通す事業計画とがあり、それらをきっかけに都市開発を進めて生活の便をよくしていこうというビジョンがありましたが、自然や文化の保護を謡う世界財産認定によってそれらの計画は頓挫していました。
 古美門は、世界財産という「よそ者が勝手に作った格付け」に評価されるために住民たちに不便な生活を強要するなんて馬鹿馬鹿しい話だとし、さらに暴論を続けます。
 
私は必ずや、この地を世界財産から登録抹消させ、このくそ田舎に最新型燃料廃棄物処理場を建設させる。
高速道路も造る!
NHK以外も見られるようにする!
コンビニもファミレスもカフェもアウトレットも造る!
キャバクラもおっぱいパブも造ろうじゃないか!
 
バカげてる!
世界財産は世界の宝です。
お金もうけのために破壊してはならない!
 
 両陣営による住民への説得工作の応酬の末に、住民たちの気持ちは徐々に反自然派の方へと傾いていきます。
 反対陣営の代理人は「世界財産が抹消されたら世界中の恥さらしですよ!」と権威を笠にきた苦し紛れの恫喝を行いますが、古美門は「燃料廃棄物処理場だって国民のためになる立派な施設だ。100年後には世界財産かもしれない」と涼しい顔で受け流します。
 
 そして、世界財産推進派が反自然派への訴えを取り下げることで、この調停は最終的な決着を迎えます。
 推進派の代理人を務めた弁護士による最後の罵倒と、その弁護士を古美門が圧倒するシーンがこの物語のクライマックスと言えるでしょう。
  
バカげてる!
こんな決断は絶対に間違ってる!
みんなが不幸になる決断だ!
なぜ分からない!
 
分かってないのは君だよ。
崇高な理念など欲望の前では無力だ。
しょせん人間は欲望の生き物なのだよ。
それを否定する生き方などできはしないしその欲望こそが文明を進化させてきたんだ。
これからも進化し続け決して後戻りはしない!
燃料廃棄物処理場を造り高速道路を造りショッピングモールができ、森が減り、希少種がいなくなり、いずれどこにでもある普通の町になるだろう!
そして失った昔を思って嘆くだろう!
だが、みんなそうしたいんだよ!
素晴らしいじゃないか!
 
愚かだ!
 
それが人間だ。
 
 どんな崇高な理念も、その理念を代弁するという格付けも、所詮は人の手で造られた人心誘導の手段の一つに過ぎません。
 もしそれらのありがたい理念や格付けが自分たちの現実的なニーズに合わないのであれば、盲目的にありがたがって従う必要など全くないのです。
 
 このドラマでは、世界遺産という分かりやすい題材をパロディ化していましたが、世の中には同類の茶番がまだまだ数え切れないくらい溢れかえっています。
 例えば、国際標準化機構によって策定された各種のISO規格。
 S&Pやムーディーズやフィッチなど格付け機関による投資対象の格付け。
 さらには、ノーベル賞、科学信仰、お金信仰、善悪を始めとした倫理道徳などなど。
 
 企業としての品質向上の取り組みや環境保全への取り組みを認定するISOの国際規格は、その認定を得ることで企業に望ましい効果が実際にあるのなら取得できるよう努力したらいいと思いますが、取得のための事務手続きや監査対策にマンパワーをとられ過ぎて、箔付けのための取り組みがかえって邪魔になっているというのもよく聞く話です。
http://www.arktech.co.jp/iso/pu12.html
 こうした点にも「国際社会の基準はこうなんだ」と言われるとついつい従ってしまう日本のグローバルスタンダード信仰がよく現れています
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2015/04/19/005822
 
 また、 金融商品や企業(株)・政府(国債)などの信用状態ををABCDなどで表していた格付け機関の信憑性は、AAAと認められていたサブプライム住宅ロー ン関連証券が破綻したことで随分と薄れてしまっています。
 これらの信用格付けはそもそも人々の金を金融商品に向かわせるために生まれたものであり、投資に対する警戒感を緩めるために実際よりも高い安全性を演出するような八百長が頻繁に行われていると主張する識者もいます。
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2015/06/28/235308
 
 偉大な権威とされているノーベル賞なども、「西欧型の近代思想が理想とする価値の実現にどれだけ貢献したか」を評価して褒め称えることで、近代合理主義思想の刷り込みだけは「必要な教育」として正当化されるが、それに反する思想の刷り込みは時代遅れだと糾弾される国際的な同調圧力の一端を担っています。
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2014/11/23/144020
 
 科学に「普遍的な真理を解明するためのもの」というキリスト教的な偏見を上乗せする科学信仰は、科学的かどうかという基準で物事の信用度を格付けするという独特の価値観を生み出しています。
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2014/06/27/013900
 
 現代人ならば無視することができないお金も、人間たちがグルになって「この紙切れは交換に使用できる」という付加価値を付け足しているからこそ、人々を裕福だとか貧乏だとか格付けするための材料として機能できています。
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2015/07/05/235459
 
 「人としての基本的な道徳観」などと呼ばれる善悪の概念ですら、善か悪かと格付けすることで人をコントロールするための発明品です。
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2014/03/07/061900
 
 この世のすべての格付けは、人の勝手な都合によって雇われた利害関係含みのレフェリーに過ぎません。
 そして私たち一人一人は、この弱肉強食の説得合戦を生きるただのプレーヤーでしかありません。 mrbachikorn.hatenablog.com
 
 人間をとりまくこの説得合戦の世界には、「権威あるこの世のレフェリーの代弁者」を装って己のプレイヤーとしての影響力を高めるという狡猾な説得の技術があります。
 私がこのブログを通じてお伝えしたいのは、そうした狡猾なプレイヤーによる「レフェリーの代弁者のふりをした説得」の圧力に、容易く丸め込まれてしまわないための考え方です。
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2015/01/18/002319
 
 「雇われレフェリー」の言い分を真に受けて「ねばならない」とか「してはいけない」とかいう机上の○×ゲームにばかり終始してしまう人たちは、リーガルハイで破れた弁護士のように「人間はもっと理性的な生き物だ」という架空の物語にすがりついているだけ。
 自分自身もそういった弱肉強食の説得合戦の世界の中にいて、現に力を行使しながら生きているという現実を、どうしても認めたくなくて足掻きながら空論を吐き続けている単なる夢想家です。
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2014/03/31/200500
 
 それがどんなに権威のある格付けだろうと作り話は作り話として受け止め、その作り話が通用している世界では便利に活用していき、作り話が通用しない世界ではばっさりと切り捨てる。
 そんな「作り話だらけの世の中」を生きていくための大人の叡智を、古美門は示していたのです。
http://mrbachikorn.hatenablog.com/entry/2014/08/31/000737
 
 この「作り話だらけの世の中」を賢く生き抜くため、私たちもただ「雇われレフェリー」たちの言い分を真に受けて従うだけでなく、自らの都合に合わせて意図的に付き合っていきたいものですね。

 
※当ブログの主なテーマは、この世界を支配する「正しさ」という言葉のプロレスとの付き合い方mrbachikorn.hatenablog.com

※そのプロレス的世界観を支えている「記述信仰」の実態を、簡単な図にしてまとめています。mrbachikorn.hatenablog.com