間違ってもいいから思いっきり(市井人の日曜研究)

私たち人間は、言葉で物事を考えている限り、あらゆるものを「是か非か」と格付けする乱暴な○×ゲームに絶えず影響されています。ここでは、万人が強制参加させられているこの言語ゲームを分析し、言葉の荒波に溺れてしまわないための知恵を模索していきます。

残念な体験のメリット

 結婚して3年目になる私たち夫婦の共通の趣味は、美味しいものを食べ歩くこと。
 食事中の会話のテーマのほとんどは「今食べているものの味について」であり、食事の内容と関係のない雑談を食事中にすることは滅多にありません。
 
 そんな私たちにとっての大冒険は、新規の飲食店を開拓すること。
 グルメサイトなどでクチコミ情報を確認することもできますが、世の中には味が濃くて分かりやすければとりあえず「美味しい」と感じる人も数多くいますから、投稿者の味の好みをたいして信用することができません。
 期待したお店が不味かったりサービスが残念だったりするとそのショックを長く引きずってしまうので、新しいお店に入るときはいつも緊張してしまいます。
 
 このように新規開拓の際には外れの店を引いてしまうリスクが付きまとうわけですが、外れたときに生じる失望感を軽減するために、毎回二つの予防策を確認し合うようにしています。
 一つ目は、最初からあまり期待し過ぎないように気を付けておくこと。
 二つ目は、外れを引いたときにも「気になっていた店に×を付けることができたので、今後は全く気にせずに済む」と、建設的に受け止めることです。

 
 二つ目に挙げた「×が付いたことを良しとする」という考え方は、その他の人生の場面でも応用可能な処方箋です。
 たとえば他人に理不尽な接し方をされたときなども、その人が「そんなことをする人だ」という情報自体は、それ以降の自分の人生をより豊かにするのに役立てることができます。
 その人といつまでも密に付き合っていく必要はないのですから、疎遠にするなり連絡を絶つなり付き合いの度合いをコントロールしていけば良いのです。
 
 行くお店も付き合う人も身を置く環境も、こうでなければならないなんてルールはありません。
 限りある人生をより有意義に過ごすためにも、自分の人生のダメージコントロールに「残念な体験」から得られた気付きを活かしていきたいものですね。