読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

間違ってもいいから思いっきり(市井人の日曜研究)

私たち人間は、言葉で物事を考えている限り、あらゆるものを「是か非か」と格付けする乱暴な○×ゲームに絶えず影響されています。ここでは、万人が強制参加させられているこの言語ゲームを分析し、言葉の荒波に溺れてしまわないための知恵を模索していきます。

和太鼓を"日本の伝統芸能"と呼びたくない理由

 趣味の一環として和太鼓の世界に関わっていると「和太鼓は日本の伝統芸能である」という謳い文句をときどき耳にしますが、私はその仰々しいプロモーションを聞く度に恥ずかしい思いでいっぱいになります。
 今回は「和太鼓」を「日本の伝統芸能」と呼ぶことが恥ずかしいと感じる理由と、どう呼べば恥ずかしくないかという代替案について語ってみたいと思います。
 
 まず、インターネットで「日本の伝統芸能」と検索してみると、Wikipediaの「日本伝統芸能」というページが見つかります。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BC%9D%E7%B5%B1%E8%8A%B8%E8%83%BD#.E4.BC.9D.E7.B5.B1.E8.8A.B8.E8.83.BD.E3.81.AE.E5.AE.9A.E7.BE.A9
 そこに書いてある説明をまずは紹介してみましょう。
 
「日本伝統芸能
伝統芸能(でんとうげいのう)とは、日本に古くからあった芸術と技能の汎称。
特定階級または大衆の教養や娯楽、儀式や祭事などを催す際に付随して行動化されたもの、または行事化したものを特定の形式に系統化して伝承または廃絶された、有形無形のものを言う。
詩歌・音楽・舞踊・絵画・工芸・芸道などがある。
 
伝統芸能の定義」
伝統芸能とは、西洋文化が入ってくる前の芸術と技能を現代芸術と区別した呼称である。
日本固有の文化という意味だが、文化の先進国であった中国から流入したものを日本独自のものに作り変えたものが多い。
したがって成立の仕方は現代芸術とさほど変わりはない。
しかし、明治期の西洋化以降も伝統芸能が既存の形式を保持して存続し、現代芸術と相互に関連性が少ない形で併存しているのは事実である。
 
和歌、俳諧、琉歌、神楽、田楽、雅楽、舞楽、猿楽、白拍子、延年、曲舞、上方舞、大黒舞、恵比寿舞、纏舞、念仏踊り、盆踊り、歌舞伎舞踊、能、狂言、歌舞伎、人形浄瑠璃、雅楽、邦楽、浄瑠璃節、唄、講談(講釈)、落語、浪花節浪曲)、奇術、萬歳、俄、梯子乗り、女道楽、太神楽、紙切り、曲ゴマ、写し絵、花火、彫金、漆器、陶芸、織物、茶道、香道、武芸、書道、華道などに分類される。
 
 ここで注目したいのは、これらのリストの中に「和太鼓」という単独のくくりが存在しないこと。
 これらの伝統芸能の中で楽器として和太鼓が使用されることはあるとしても、和太鼓単独では「日本の伝統芸能」としてリストアップされないのです。
 
 では和太鼓は伝統芸能ではないのか。
 日本の各地には、明治の西洋化以前から伝わる「太鼓だけの楽曲」も残されています。
 そういった曲のことを「伝統芸能」と呼ぶことに関して、私は何の抵抗も感じません。
 
 私が抵抗を覚えるのは「日本の」という大袈裟な言葉を冠に添えようとする瞬間です。
 それは「日本の」という言葉には「日本を代表する」といったニュアンスを聴き手に伝えてしまう可能性があるから。
 能や狂言や歌舞伎のようにガチガチに権威づけられ「日本を代表する伝統芸能」として宣伝され続けている芸能ではないのだから、そんな誤解の可能性がないよう「どこどこの地域の伝統芸能」といった等身大の呼び方をすれば良いじゃないかと思うのです。
 
 喩えて言うならば、各地の伝統芸能は地域ごとの方言のようなもの。
 自分たちが使っている方言のことを「地元の伝統だ」と言うのならまだ共感することはできますが、わざわざ「日本の伝統だ」なんて大袈裟に言いたがる人がもし仮にいたとすれば「なぜそんなに誇張したがるのか」と疑問を感じてしまいます。
 
 実際に各地の伝統芸能の継承者たちも、「日本の伝統芸能だ」なんて大袈裟な言い方はしません。
 だって、自分たちの地元で受け継いできた「自分たちだけの伝統芸能」なんですから。
 
 では、和太鼓のことを「日本の伝統芸能」と呼びたがるのは誰なのか。
 それは、明治の西洋化以前には存在していなかった「伝統とは縁遠い和太鼓パフォーマンス」に興じているくせに、身の丈以上に由緒ある存在として有り難がられたがる権威志向の人や、宣伝文句として有効なら何を言ったって構わないと考えるいい加減な人などです。
 
 和太鼓を主役扱いして舞台に上げるというジャンルが発明されたのは太平洋戦争以降のことですから、せいぜい70年程度の歴史しかありません。
 西洋の音楽教育の影響をおおいに受けた人たちが、伝統芸能の中で使われていた和太鼓という楽器に注目し、西洋音楽の素養をもとに造り上げられたのが現在の「和太鼓」という業界です。
 そんな戦後発祥の「和太鼓パフォーマンス業界」には、「基本の構え」だとか「基本の打ち方」なんて教えが流通していますが、これらの基本も「戦後に生まれた思い付き」でしかありません。
 
 だから、そこで流通している基本を学んだとしても、日本古来の伝統を受け継いでいることにはなりません。
 もしそれらの基本を「日本の伝統」だと言う人がいたとすれば、それは嘘か勘違いか誇張です。
 教えられた基本を守る人が実践しているのは、「日本古来の伝統の継承」ではなく「戦後の思い付きを伝統に育てようとする営みへの加担」なのです。
 
 私が心配するのは、和太鼓の担い手が「和太鼓は日本の伝統芸能なんだ」と強弁すれば、さほど詳しくない人は「立派な伝統のもとに脈々と受け継がれてきた格式高いものなんだな」という風に、それがたとえ「戦後の思い付き」でしかなくても信じ込んでしまうこと。
 そこにつけこんで「日本を代表する伝統芸能」としての権威を捏造しようとする発言者の下心を感じてしまうがゆえに、私は「和太鼓は日本の伝統芸能だ」という言い方に嫌悪感を覚えてしまうのです。
 
 私はこれらの嫌悪感を避けるために、便利な言い替えを意図的に使用しています。
 まず、各地に伝わる「本物の伝統芸能」「郷土芸能」について「日本の」という冠を敢えてつけるならば、権威を匂わせない「日本の民俗芸能」という言葉を選択します。
 誤解されることが多いのですが、「民族芸能」ではなく「民俗芸能」であるところが大事なポイントです。
 
 それは、民俗芸能という言葉が柳田国雄の「民俗学」から来ているから。
 西洋の諸勢力が世界中に植民地支配を拡大していた時代、世界中で発見された「文明化されていない未開の地の野蛮人」の生態を研究するための学問として「民族学」が生まれました。
 この学問の前提には、西洋圏以外の人々に対する見下しの目線が含まれていたため、柳田国雄は「西洋化以前の自分たちのルーツを発掘する」という意味合いで、見下しのニュアンスを含まない「民俗学」という言葉を選んだのです。

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

 
 さらに、戦後生まれの「和太鼓」に「日本の」という冠をつけるならば、「日本の伝統楽器を利用した舞台パフォーマンス」だとか「日本の民俗芸能からインスピレーションを受けた舞台パフォーマンス」と呼びます。
 「ご立派な権威とは縁遠い業界でしかない」という実態を、誤魔化さずにきちんと説明するならば何も恥ずかしいことはありませんから。
 私としては、変な誤解がこれ以上広まらないように「民俗芸能」という適切な言葉がもっと使われるようになって欲しいなと願っています。