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間違ってもいいから思いっきり(市井人の日曜研究)

私たち人間は、言葉で物事を考えている限り、あらゆるものを「是か非か」と格付けする乱暴な○×ゲームに絶えず影響されています。ここでは、万人が強制参加させられているこの言語ゲームを分析し、言葉の荒波に溺れてしまわないための知恵を模索していきます。

常に確かな重心操作を活用して打つ和太鼓

 私が和太鼓の師匠と仰いでいるのは、長野を拠点とする歌舞劇団田楽座。
 全国各地の唄や踊りや太鼓などを地元の方々に直接教わって舞台に上げている彼らの、和太鼓業界における同業他社との明確な違いは、太鼓を打つ際「確かな重心操作」を常に活用していることです。
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 全国的に広く普及してしまっている和太鼓の流儀は、アキレス腱のばしのストレッチのような低い体勢でどっしり構え、背筋を伸ばした姿勢で両腕をピンと突き上げ、真っ直ぐバチを降り下ろすというもの。
 このとき往々にして重視されがちなのが、低く構えた姿勢やバチをピンと突き上げた姿勢などが他のプレイヤーとも綺麗に揃っていること。
 この様式美を追求するためなのか、できるだけ胴体を揺らさないように打たせる流儀も少なくありません。
 
 この一般的な「決め決め和太鼓」とは別に、ドラムのような手法で和太鼓をペチペチ打って悦に入る流儀もあります。
 何十年も前に「既成概念に囚われない新しい和太鼓」というベタな謳い文句と共にその手の趣味の持ち主相手に流行って以来、今ではすっかり定着してしまっています。
 このいわゆる「ペチペチ和太鼓」は「決め決め太鼓」よりはいくらかリラックスして打っている風にも見えますが、よく見るとリラックスしているのは小手先だけで、たとえプロであっても胴体が猫背に固まっている場面が頻繁に見られます。
 
 また、たて乗りに体を上下させながら軽快に打つようなシーンを取り入れるチームもありますが、それも「楽しそうな雰囲気を演出するのに丁度いいだろう」という追加オプション的な位置付けであり、平常時は重心操作を全く使用せずにガチガチの固定姿勢で打っていることが多いです。
 さらに、一発一発高々とバチを掲げて打ち込むときに、大きく背伸びをして真っ直ぐ腰を落とす重心操作を活用するチームもありますが、これも特別に意識したときだけ使えるとっておきでしかなく、意識せずとも常に活用できるという次元には行き着いてないことがほとんどです。
 
 その点、田楽座は踊りでも太鼓でも何時なんどきでも「確かな重心操作」を常に活用することを心掛けており、無意識レベルでも常に活用できています。
 これは、全国各地の踊りや太鼓の担い手の中に「確かな重心操作」を活用している熟練者が多いから。
 
 あれもこれもといろんな曲に手を出したがる「和太鼓プレーヤー」と違い、各地の民俗芸能の担い手には地元の芸能だけを一生追究し続ける人がいます。
 そんな人が何世代にも現れていくと「小手先だけでやってしまわず重心移動を活用した方が、疲れにくくテンポも安定して息も合わせやすく動作のキレも増す」という発見が、その地域に共有されていきます。
 
 そんな日本各地に残された草の根の共同体の知恵こそを、古き善き日本の姿として舞台に上げたいと活動しているのが田楽座です。
 日本各地に代々受け継がれてきた共有財産の力は、ぽっと出の「和太鼓プレーヤー」たちの思い付きなんかよりも遥かに奥が深いですよ。
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