間違ってもいいから思いっきり(市井人の日曜研究)

私たち人間は、言葉で物事を考えている限り、あらゆるものを「是か非か」と格付けする乱暴な○×ゲームに絶えず影響されています。ここでは、万人が強制参加させられているこの言語ゲームを分析し、言葉の荒波に溺れてしまわないための知恵を模索していきます。

薄っぺらな和太鼓から脱け出すための三大視点

 趣味としての和太鼓がそこそこ人気があるわけの一つに「誰が叩いても大きな音が鳴る」という点があります。
 とにかく打てば音が鳴るから楽しい、いろんなリズムが打てるようになることが楽しい、みんなでポーズなどを揃えて演奏すると誉めてもらえるのが楽しい、いろんな曲を覚えていくのが楽しい。
 初心者が考える和太鼓の楽しさと言えば、大抵はこのようなものでしょう。
 
 しかし、こういった分かりやすい楽しさだけを追いかける性分の持ち主は、新しく覚える曲のレパートリーが尽きてしまうと「自分の成長を感じられる機会」がなくなってマンネリ化してしまうという残念な傾向があります。
 和太鼓の教室を運営している友人からも、「これまで教えてきた曲すらまともにできていないのに新しい曲ばかりすぐに求めてくる」という愚痴を聴くことが多いです。
 そんな愚痴を聴いているときに思い付いたのが、和太鼓の目標の持ち方を「刺激・調和・変化」の3つの角度から捉えるというアイディアです。
 
 刺激とはそのパフォーマンスの迫力や躍動感や奇抜さといった要素のことで、刺激が少ないパフォーマンスは「つまらない」と見なされがちです。
 調和には、リズムやメロディやテンポなどの物理的な調和に加え、プレイヤー同士の息の合い方やオーディエンスとの共感の深さといった精神的な調和とがあり、この調和が足りないパフォーマンスは「気持ち悪い」と受け止められます。
 最後の変化はパフォーマンスのバリエーションのことで、変化に乏しいと「同じことばかりやっている」と飽きられることがあります。
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 和太鼓における成長とは、刺激を縦軸、調和を横軸、変化を高さの軸と見なすような立体的なもの。
 見識の浅いプレイヤーの脳内には変化という高さ軸の上に新曲を次々と積み上げることしかなく、たとえ同じ曲をやるにしても「より調和のとれたきもちいいパフォーマンスにしよう」とか「より刺激的で面白いパフォーマンスにしよう」といった縦軸や横軸の視点が疎かなのです。
 さらに言うならば、次々と新曲を求めたところで似たような曲のバリエーションを増やすだけでは「変化」の豊かさという軸さえも大して伸びなかったりします。
 
 また、曲をただ覚えるだけでは飽き足らないという上昇志向の高い和太鼓プレイヤーたちが真っ先に飛びつくのが、迫力や躍動感や見た目の派手さといった「刺激」の強さ。
 そして、現代人が刺激を強化するために選びがちな手っ取り早い手段が、太鼓の巨大さ・太鼓の台数といった物量や奇抜なファッションや音響照明や凝った舞台装置といった金で解決できる要素です。
 こういった物質的な要素以外では、リズムの細かさやテンポの速さや鍛え上げられた肉体美といった単純に見せ付けやすそうな要素が追求されがちです。
 
 しかし、各地に伝わるお祭り芸能の担い手たちは、こうした現代の和太鼓プレイヤーにありがちな努力の方向を、そこまで大事な要素だとは見なしていません。
 なぜなら、彼らがもっとも重要視しているのは祭りの趣に貢献できる聴き心地の良さであり、上に挙げたような短絡的な刺激ばかりを求めているプレイヤーたちの演奏が往々にして雑で乱暴で聴いていて「調和」に欠けるからです。
 彼らも刺激の強さを求めること自体はありますが、それはその地域でしか育まれなかった個性的な流儀だったり、無駄のないしなやかな動作のキレの良さだったり、筋力まかせの不自然な打ち方では実現できない音の重みや深さだったりします。
 
 彼らは現代の和太鼓プレイヤーのように、むやみに新しい曲に手を出そうともしません。
 それはそのお囃子や太鼓自体が、お祭りを構成する神事・山車・神輿・出店といったさまざまな要素の一つとして存在しており、お祭り全体で見れば十分変化に富んでいるから。
 演奏だけで全ての「変化」をプロデュースしなければならない現代のステージ和太鼓とは違い、民俗芸能の担い手は定まった演目の「調和」と「刺激」の質の向上のみに一生を傾けることができるのです。
 
 そんな民俗芸能の担い手たちが実現している、地元ならではの奇抜な流儀や無駄のないナチュラルな動作がもたらす刺激や、共同体の中で培われてきた物理的かつ精神的な調和の深さを追求しているのが、私が師と仰ぐ歌舞劇団田楽座です。
 彼らは全国のさまざまなお祭り芸能の担い手に指示し、太鼓・笛・三味線・唄・神楽・囃子・獅子舞・民舞・万歳など、変化に富んだ演目を舞台に挙げています。

 そんな彼らに学んできたからこそ、私も「刺激・調和・変化」という多角的な和太鼓の見方を覚えることができました。
 見識が浅く新曲ばかり求めるプレイヤーには、そんな立体的なものの見方をレクチャーしてみるのも一つの手かもしれません。
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