間違ってもいいから思いっきり(市井人の日曜研究)

私たち人間は、言葉で物事を考えている限り、あらゆるものを「是か非か」と格付けする乱暴な○×ゲームに絶えず影響されています。ここでは、万人が強制参加させられているこの言語ゲームを分析し、言葉の荒波に溺れてしまわないための知恵を模索していきます。

生み出した不快感のツケ

車両内のマナーを言い立てる人たちは、要するに、「定型的な規格にハマれない人間」に苛立っているのだと思う。
 
たとえば、ヘッドフォンステレオから漏れるチャカチャカ音をうるさがる人たちは、騒音そのものに不快を感じているのではない。
彼らは、本来なら小さく縮こまって過ごすべき通勤列車の中で、ノリノリで音楽を聴いている若いヤツのその快適そうな状態を憎んでいる。
彼らからすれば、音楽を聴いてゴキゲンになることや、周囲の目を気にせず化粧に専念することは、公共の場所にプライベートを持ち込む逸脱行為なのであって、だからこそ彼らは通勤電車という人間が荷物になり変わって運搬されなければならない閉鎖空間の中でくつろぐ人間を嫌うのである。
 
おそらく、日本人のうちの半分ぐらいは、リラックスした人間を憎んでいる。
誰もが自分たちのように、びくびくして、周囲に気を使って、神経をすり減らしているべきだと考えている……というのはちょっと言い過ぎかもしれないが、撤回はしない。
 
 これは、エッセイスト小田嶋隆日経ビジネスオンライン上で連載している「ア・ピース・オブ・警句~世間に転がる意味不明」にて、2016年10月28日に掲載した「車内の化粧は誰に迷惑なのか?」という記事から抜粋したもの。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/102700067/
 ここでは東急電鉄のマナー広告に対するインターネット上での炎上騒動を扱っており、彼はことの概要を以下のように描写しています。 
http://ii.tokyu.co.jp/tokyusendiary/index.html
 
電車内で化粧をする女性を「みっともない」という言葉で切って捨てるマナー広告が物議を醸している。
 
現物を見てみよう。
炎上しているブツは、リンク先のページ(私の東急線通学日記)の上から4番目、「車内化粧篇」だ。
  
リンク先には、駅貼りポスター と、動画バージョン(マナーダンス篇)が掲載されている。
 
ポスター版では、上半分に頬杖をついて車両内を観察する主人公の女の子、下半分に電車の座席に座って鏡に向かってアイメイクをしている女性の写真を配置している。
 
キャッチコピーは、手書き文字でこう書かれている。
「都会の女はみんなキレイだ。」
「でも時々、みっともないんだ。」
 
動画版は、車両の向かい側の座席で化粧をする女性たちを見て、顔をしかめて「みっともな!」とつぶやいた(「吐き捨てた」と言った方が正確でしょうね)主人公の女の子が、突然メイクアップ中の女性たちに向かって「マナーダンス」という攻撃的な振り付けのダンスを踊り出すプロットだ。
 
ダンスのBGMで流れる音楽には歌詞がついている。
内容は「教養ないないないなーい。みっともないないないなーい」と、化粧する女性を断罪するコーラスだ。
 
この広告を見て、ツイッター上には、かなりの数の女性が反発のコメントを書き込んでいる。
 
「ポスターの中で化粧をしている女性は、隣に誰も座っていない空いた車両でメイクをしているんだけど、いったい誰に迷惑をかけているわけ?」
「女性だけに『たしなみ』を求める姿勢がなんかいけ好かない」
「こういうマナー広告って、新手の嫁いびりよね」
 
 この炎上騒動に対する彼なりの分析の大前提となるのが、冒頭で紹介した「日本人のうちの半分ぐらいは、リラックスした人間を憎んでいる」という現状認識。
 車内でのマナー違反をやたらと指摘したがる人たちは、 誰もが自分たちのように周囲に気を使って神経をすり減らしているべきだと考えており、そうした口うるさい人々の存在が鉄道会社にこの広告を作らせることになったと、以下のように分析を続けます。
 
以上の事情を踏まえて、私が思うのは、「いったいこの広告は誰に向けて発信されているのだろうか」ということだ。
 
ポスターは、現実に東急の電車の車内で化粧を励行している女性たちに向けて、「あなたたちが実行しているメイクアップ行為はほかの乗客の迷惑だからやめてください」ということを啓発するために掲示されているのだろうか。
おそらく答えはNOだ。
 
この広告は、むしろ、車両内で化粧をする女性に腹を立てているおっさんに向けて、「ほら、わたくしたちは、このようにちゃーんと啓発広告を打って迷惑防止キャンペーンを展開しているのですよー」ということをアピールするために制作されている。
つまり、これはアリバイなのだ。
 
であるからして、ポスターや動画を見て腹を立てた女性たちも、「化粧ぐらいでガタガタ言うなよ」と言いたかったのではない。
彼女たちは、鉄道会社が「ほーんと、近頃の若いオンナって常識なくてイヤですよねー」ってな調子で爺さんたちに媚びを売っている気配を感じ取って、そのことに反発したのである。