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間違ってもいいから思いっきり(市井人の日曜研究)

私たち人間は、言葉で物事を考えている限り、あらゆるものを「是か非か」と格付けする乱暴な○×ゲームに絶えず影響されています。ここでは、万人が強制参加させられているこの言語ゲームを分析し、言葉の荒波に溺れてしまわないための知恵を模索していきます。

柔らかい動作への筋道

 あらゆるスポーツの上達のコツは、柔らかい動作を身に付けること。
 ダイナミックな動作をともなう和太鼓の世界でもこの法則は共通しており、和太鼓の指導をする際にも「動作から固さを無くす重要性」を常に伝えるようにしています。
 
 その際、頭でっかちな大人にありがちな言い訳が「私は身体が固いから難しい」というものです。
 しかし、ストレッチ運動で測れるような柔軟性と、運動の質を左右する「動作そのものの柔らかさ」とは全くの別物。
 身体が固くても柔らかく動ける人もいれば、柔軟性は高いのにカチカチにしか動けていない人だっています。
 
 このように「動作そのものの柔らかさ」という概念はなかなか理解されにくいので、固いとか柔らかいとかいう「動作の質」の違いを伝えるための「液体ドリブル」という練習法を考案してみました。
mrbachikorn.hatenablog.com
 これは、500mlのペットボトルに100ml程度の水を入れ、中の液体の動き方を意識しながらペットボトルを揺さぶるという行為を通じて、人体の効率的な運用法を体感するためのもの。
 ペットボトルの容器は人体の中でも骨格や縮んだ筋肉などの固い部分、内部の液体は筋肉や脂肪や内蔵や体液などの柔らかい部分を表現しています。
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 このペットボトルと水による単純な人体模型を使えば、柔らかい動きと固い動きの違いを明確に説明することができます。
 柔らかい動作というのは、体内の柔らかい部分を静止させたり波打たせたり暴れさせたりと自由自在に操れるような動きのこと。
 その逆で、固い動作というのは身体の外側の目に見える部分しか意識できておらず、「体内の柔らかい部分がどんな風に動くか」については制御できずにいるような動きのことです。
 
 そして、ペットボトル内の液体を自在に動かすように、自分の体内も自在に揺らしたり止めたりシェイクしたりできるようになれば、よりスムーズに力を伝えられるようになります。
 これが「動作が柔らかい」ということです。
 
 世界最速ランナーのウサイン・ボルトと他のランナーとの一番の差は、胴体をどこまで柔らかく使えているか。
 体幹をがっしり固めて手足を振り回すランナーと違い、ボルトの体幹はプルプルにゆるんだ状態にキープされており、爆走するエリマキトカゲのようなスムーズな力の伝達が可能になっています。
 
 そこまで高次元な話でなくとも、野球のバッティングであれば手打ちではなく腰で打つ、バレーボールのスパイクであれば肩ではなく背中で打つなど、スポーツの世界には小手先だけで済まそうとしてしまう傾向を諫める教えが無数にあります。
 それらの教えに共通しているのは、動きの固さをほぐすことで手先を「液状の鞭」のようにしなやかに使ってスムーズに力を伝えよと指示していること。
 「固形の棒」としてしか使えないパーツを減らし、「液状の鞭」として使えるパーツの割合を手首・前腕・上腕・肩・胸・腹という風に身体の根元へと増やしていけば、身体操作の鋭さにますます磨きをかけていけるのです。
 
 このような視点で和太鼓を見た場合、歴史の浅いステージ和太鼓の世界にはせいぜい上腕や肩までしか液状化できていない「決め決め太鼓」や「ペチペチ太鼓」であふれており、他のスポーツであれば「小手先だけの動き」と見なされかねない固い動作が、メディアに登場するようなプロの世界にすら蔓延しています。
mrbachikorn.hatenablog.com
 しかし、各地のお祭りに伝わる民俗芸能の中にならば、伝統に裏打ちされた柔らかく自然な動作で、胸や腹まで液状化させて和太鼓を打つ熟練者を見出だすこともできます。
mrbachikorn.hatenablog.com
 
 大事なのは目に見える固形部分ではなく、見えづらい液状の柔らかい部分をとらえること。
 前屈や開脚が柔らかくできなくたって、柔らかく動くことは十分に可能ですよ。
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