経済の素人である私たち一般人の多くは、ニュースで通貨危機だとか金融危機といったフレーズを聞いても、具体的にはピンときていない場合がほとんど。
ニュースのトーンから何となく「大変なことが起こったんだな」というニュアンスだけは感じることができますが、自然災害や感染症やテロや戦争等のニュースのように「人の傷病死」が直接は目に見えないため、何が大変なのかが分かりにくいのです。
今回は、こうした私たち素人の疑問に応えてくれる一冊の参考書を紹介させていただきます。
“通貨”をめぐる話題が世間を騒がせている。
「通貨危機」が突然のように何度も世界を襲い、なかでも2008年のリーマン・ショックは大恐慌の再来のように恐れられ、衝撃を与えている。
その後もドバイ・ショック、ギリシャ危機を起点とした金融危機が発生し、その対応策として超金融緩和政策が導入され、その結果グローバルマネーが急増し、バブルの発生と崩壊の不安を高めている。
このような不安定な国際状況の下、中国などの新興国と米国、欧州などの先進国との間に「通貨安競走」が進行しているといわれており、第2次世界大戦につながった戦前の経済状況と類似していることが懸念されている。
- 作者: 宿輪純一
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2010/12/14
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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これは、国際通貨制度や決済システムに精通する宿輪純一による、2010年12月刊行の著作『通貨経済学入門』の序文です。
メガバンクに勤めながら経済政策の提言などに携わり、いくつもの大学で経済学を教えてきた著者の願いは、通貨の問題をさほど理解していない日本の現状を少しずつ変えていくこと。
彼はあとがきで、執筆の目的を以下のように語っています。
本書は入門書として、できるだけかみくだいて説明しており、一般の方には分かりにくい“通貨”の理解が少しでも進めば、望外の喜びである。
皆が理解することが、その国の経済政策をより高度化させると考える。
このように「日本の経済をよりよくするためには、通貨への理解を国民レベルで高める必要がある」という信念を持つ彼は、一般人でも参加できる「宿輪ゼミ」というボランティア公開講義を主催し、ホームページやFacebook、ツイッターなどを通じて積極的な発信をしています。www.shukuwa.jp
私もFacebookを通じて彼の存在を知ってからこの著書を読みましたが、国際通貨制度をめぐる近現代の歴史から現在のトピックまでを、できるだけ易しい言葉で分かりやすく紐解いてくれていると感じました。
今回は、本書を読んでみての素人解釈を、ざっくりと乱暴に総括してみたいと思います。
まずお金とは、その物自体には大して価値の無いものです。
ですが、「日本銀行券一万円」と印刷された紙切れをコンビニエンスストアに持っていけば、「100円」と値付けられたパン100個と交換することができます。
それ自体食べることもできず、メモ紙としてもちょっとしか使えないようなインクまみれの紙っぺらが、大量の食料と交換できてしまうんです。
もしこの紙っぺら(貨幣)が存在せず物々交換しか交換の手段がなければ、互いに交換物を持ち寄った上で、お互いが条件に納得し合うという面倒くさい手間をかけないことにはその交換が成立しません。
人類同士の「交換」という行動は、貨幣の誕生という一大事によって手軽になり、そのおかげで驚くほど活発になっていったのです。
そんな貨幣の中でも、国の法律に基づいて法的通用力がある貨幣のことを「通貨」と呼ぶそうです。
単なる紙切れでしかない通貨が「交換の手段」として国内で通用していられるのは、政府に「この紙切れを交換手段として使用する」という約束を守らせられるだけの統治能力があるとみなされているから。
もし政府にこの約束を守らせるだけの実力がないと判断されれば、その通貨にくっついていた交換手段としての信用はなくなってしまい、単なる「インクで汚れた紙切れ」としての価値しか認められなくなってしまいます。
このようにして、その国の通貨の貨幣としての信用が揺らぐ事態のことを「通貨危機」と呼びます。
そしてこうした通貨危機は、歴史の中で何度も繰り返されているのです。
ではなぜ通貨危機は起こってしまうのか。
その原因は「通貨を発行できる」という政府当局(もしくは中央銀行)の特権的地位にあります。
完全な素人考えで言うと、十分な量の通貨が既に市場に出回ってしまっているならば、それ以上追加で通貨を発行する必要なんてそもそもないはずですが、実際には通貨は発行され続けています。
そこにはもちろん「市場規模が拡大すると交換に必要な通貨が足りなくなって経済活動が鈍るから」という大義名分もあるのでしょう。
ですが、それ以外に「政府当局(中央銀行)の国内で使える資金が通貨を刷った分だけ増える」という、まるで錬金術のような誘惑もあるのです。
ただしこの錬金術にはインフレという副作用があります。
額面上の通貨がいくら増えたところで、市場で交換される物やサービスの総価値が増えなければ、物やサービスに対する通貨の価値は下がります。
この「商品に対する通貨の価値の低下=額面上の物価上昇」が急激に起きてしまえば、「交換手段として役に立つ」という通貨への信頼が大きく損なわれ、「価値があると思って貯蓄してきた手持ちの通貨では商品を手にいれられない」といったパニックを招いてしまうのです。
こうした通貨危機は戦争(政府当局が大量のお金を必要とする事業)があるたびに何度も引き起こされ、その都度反省も繰り返されてきました。
そんな反省の上に、金本位固定制という国際通貨制度が1880年から1913年までの間、イギリスの主導で比較的安定的に運営されたそうです。
この制度は、各国の通貨と純金との交換比率を固定することで「通貨がただの紙切れになってしまうのでは」という信用への不安を和らげる働きがあったのです。
ですが、この金本位固定制は第1次世界大戦中に破棄されてしまいます。
その後、第2次世界大戦後に生まれて1945年から1971年まで運営されたのが、各国の通貨とドルの交換比率を定め、35ドルを純金1オンスと交換するというブレトンウッズ体制です。
この当時のアメリカ以外の国の通貨の信用は、『「純金と交換できるドル」と交換できる』という二重構造で成り立っていたわけです。
このブレトンウッズ体制も、ベトナム戦争時の大量発行でドルの信用が損なわれ、ドルを金に交換する動きが世界的に高まったことに危機感を覚えたアメリカが金とドルとの交換を一方的に停止したことで終了します。
これによって、国際通貨制度から「金との交換」という信頼性の拠り所が失われ、身勝手なドルのみを中心軸とするリスキーな変動相場制へとなし崩し的に移行しました。
普通の通貨であれば、発行主が巨額の借金を作っているにも関わらず、さらに膨脹を繰り返して信用を損ない続けるドルの、通貨としての寿命はそう長くないはずです。
ですがドルは、世界の通貨制度の屋台骨を担っているという立場を人質にとって、ピンチを迎える度に各国からの協力を引き出して延命を図ることができるものだと、完全にタカをくくっているようにも見えます。
このような経緯から通貨危機へのリスク感覚が麻痺したのか、現在世界には発行されすぎた莫大な量の通貨が「相場で儲けを獲るマネーゲーム」のために動いています。
世界中の実体経済の動きを反映する貿易取引量は、通貨同士の売買の動きを表す為替取引量のたった1%に過ぎないと言います。
無節操に自由化されて大量のグローバルマネーを素早く動かせるようになってしまった金融市場は、儲けのためにちょっとの刺激にも過敏に反応して乱高下するようになり、売買の標的となった国に通貨危機をもたらしやすくなっているのです。
こんな不安定な国際通貨制度を脱却すべく、ユーロや人民元といったドル以外の国際通貨で取引をする枠組みもだんだんと広がっていると言います。
これから先、ドルという「裸の王様」が本当に裸だったとさらけ出される事態がやってくるのかもしれません。mrbachikorn.hatenablog.com
※当ブログの主なテーマは、この世界を支配する「正しさ」という言葉のプロレスとの付き合い方mrbachikorn.hatenablog.com
※そのプロレス的世界観を支えている「記述信仰」の実態を、簡単な図にしてまとめています。mrbachikorn.hatenablog.com